冬の寒い朝に

楽器店に並んだことがある。
朝の7時頃だっただろうか。
正月のセールで欲しかったエフェクターが相場の半額で店に出るからだ。

文無しのエフェクターオタクの僕からしたら、これは「並ぶしかねぇだろう」と思い、一念発起して開店3時間前に店に到着した。

すると、僕の他に客は誰もいない。
「やったぜ。これであのエフェクターは僕のもんだ。」と思う気持ちと、「こりゃあ、意気込み過ぎちまった。なんだか恥ずかしいなぁ」の気持ちがごっちゃになった。梅田の大都会で18歳の少年がシャッターの前に早朝に座っている姿を怪訝に見られるあの感じはとっても恥ずかしかった。

20分くらいすると、見た目からしてパンクロッカーな野郎が僕に話しかけてきた。「君、もしかしてセールの為に並んでるの?」
僕は頷いた。狙っている商品が一緒だと、順番的には僕が手に入れられるだろうけど、彼に脅されると僕はそのエフェクターを手にすることは出来ないだろうな。ちょっと怖かった。

だけど、彼はとっても良い人だった。
十三のどこかの怪しい店でロックバーでバーテンダー見習いをしているらしくて、先輩からベースを買ってこいと、仕事終わりにパシられたらしい。年は僕よりいくつか上だった。

その人とずっと話をしていたけれど、「寒いね」が話の大半だった。だけど、その人は途中でどこかに走っていった。かと、思うと2本の缶コーヒーを持ってきた。ほんとに嬉しかったけど、僕はコーヒーは飲めない。(でももちろん飲みきった)

残り2時間半くらいも時間がある。ぼくは暇つぶしの為に持ってきたギターマガジンなどをちょこちょこ読みながら話をしていた。
彼は音楽をあんまり知らないらしく(ロックバーの店員なのに)僕のギターマガジンを見て「SHAKALABBITSしか知らんわー。ってかシャカラビッツってまだおるねんなー」と言っていた。確かにそうだ。なんか、シャカラビッツって僕からしたら、昔の音楽みたいだ。ジュディマリは解散しているのに、ナンバーガールはもういないのに、SHAKALABBITSはいるのだ。時代を代表する人達は姿を消したが、彼らは(彼らも充分すごいんだけど、その時の僕らは寒さのせいか凄く失礼だった)ずっと活動し続けていた。


そんなこんなでなんとか開店時間になった。
結局、並んでまで開店を待ち望んでいたのは、彼と僕だけだった。

僕はお気に入りのエフェクターを試走もせずに買った。その後授業がすぐにあったのもある。
だけど、そういえば、彼が何を買うのか聞いていなかったな。と思って、僕は彼の動きを目で追った。
すると、彼はEpiphoneのクソ格好わるいSGベースを手にして、「マジかっけぇよ!最高の一品すね!」と、苦笑いする店員を前にして興奮と笑顔を混じらせた表情で言葉を発していた。
そして、自分のものになるわけじゃないのに、「試走します!」と言って、開放弦をがむしゃらに鳴らしていた。下手とかじゃなくて、多分、楽器を触ったこと無いんだろう。


あの兄ちゃんは、バーの名前と詳しい場所を教えてくれたけど、僕はバーなんて不良が行くものだと思って、行かなかった。そうする間に、いつしか店の名前も忘れた。


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あの頃はエフェクターを買うために、ご飯を一日一食に減らして、水道水を飲んでいたのが懐かしい。とっても苦いと感じたコーヒーも、ジョージアのカフェオレが飲める位には成長した。(それも苦く感じるけど)


と言いながらも、僕は今日も正月セールで特売の楽器を買うために今から京都に行く。成長していないのかもしれない。4年後の冬。

あれからSHAKALABBITS はベースの人が抜けたけど、まだまだ活躍していることを、もしあの兄さんがいたら、教えてあげようと思う。
今日も寒い。