クソ率(僕が考える最近のCDの変化)

〇〇率という言葉に人は弱い。
視聴率、勝率、賛成率、、、
それは当たり前かもしれません。〇〇率という言葉は、ある状況で複数の選択肢がある場合に、どのような状態でそれらが存在しているかを知ることができるのです。
勝ち負けは2つに一つだけど、勝率でどちらが勝つかを予想出来たりする。
雨か晴れか、確率を見てから僕らは傘を持っていくかどうか考える。

確率を考えて行動することは、合理的だ。
降水確率という存在が無かったら毎日傘を持っていくか、持って行かないかのどちらかになってしまう。実際には家から外の様子を見ればどうするべきか多少、考えられるわけなのだが、そうはいかないたぐいのものもある。
そのうちの1つがCDだ。これも今となっては、Youtubeや、MySpaceがあるおかげで完全にそういうわけではなくなってしまっているけども、アルバム全体の良さを確認するにはやっぱり買うしか無いのではないかと思う。(アメリカではアルバムのストリーミング再生が小さな主流になってきているらしい)

ではその良いCDを見分けるためにはどうすればいいのか?
その方法が、今回のテーマであるクソ率を使うのである。
クリソツと発音はそっくりだけども、まんなかの言葉を入れ替えるだけで、全くもって汚い言葉に変わる。クソリツ。

クソ率というのは、アルバムにクソ曲が含まれている率を表した言葉だ。
クソ曲というものを知らないならば、ビートルズのRevolution No.9という曲を聞けば、一発で分かる。
聞いている途中で、何の躊躇もなく、iPodの「次の曲」というボタンを押せる曲がクソ曲達の姿だ。

何もせずに、この曲を聞くことだけに専念し、聴き続けられる人を僕はリスペクトする。

世の中には良曲と言われるものや、神曲と言われるものはよく話題に登るけども、クソ曲というのはあまり話題に上がらない。
そして、クソ率という概念があまり知られていない。

ここで、人にイメージしてもらいやすいように、クソ曲が多いバンドを紹介しておこう。Rolling Stonesというバンドである。知っている人の方が圧倒的に多いだろう。世界一有名なバンドと言っても過言ではない。
しかし、彼らのクソ曲率は容赦なく高い。確率として、50%くらいだ(当然、個人差はある)。
アルバムを買ってみると分かるけれども、有名な曲は素晴らしいのだが他の曲は殆ど同じ曲に聞こえたり、眠らせるために作ってしまった曲かと思ってしまう出来だ。
「キース、てめぇ3分くらいで作ったろ。」と思える曲にもよく出会わす。
それに全曲クソ曲という、脅威のクソ率100%のアルバムもある。
お金も無く、その存在を知らない人の為に教えてあげたい気もするが、クソアルバムを買うという体験は、人生においてかなり大事なことのような気がするので教えない。あの殺意は今でも昨日のことの様に思い出せる。中学生の頃の3000円は小林幸子の紅白の衣装代と同じ位の価値がある(もしかすると、それ以上かもしれない)。今でもあの3000円を返して欲しいと切に願っていたりする。
そのような殺意が湧いてしまうシロモノを、是非自分の手で探して欲しい(現時点でストーンズはオリジナルアルバムだけで30枚ぐらいある。)。
ちなみに、僕はオリジナル・アルバムではLet It Bleedが好きだ。謎に企画盤のレアリティーズという作品も好きなのだが、これは曲数が多いがゆえにクソ曲もたくさんあるので玄人向けかもしれない。逆に言うとクソ曲を楽しめる素晴らしいアルバムとも言えるかもしれない。

そして、僕はかなりのビートルズ好きだと自負しているが、ビートルズも、クソ曲率が実は高い。
ストーンズの様にほとんどのアルバムに、クソ曲が入っているわけではなく、時々入っている感じだ。White albamは、実験的なアルバムと言われているが、そのせいか、「こりゃあ、クソ曲だな」と声を大にして言えてしまう曲もたくさん収録されている。このクソ曲と名曲達のバランスはやはり素晴らしく、僕にとってはお気に入りの名盤のひとつだ。

ちなみに、ビートルズにも、ほぼ全曲クソアルバムのYellow Submarineというアルバムがあるので気をつけて欲しい。表題曲だけは、名曲と言われているかもしれないが、それ以外は、正真正銘のクソ曲である。このアルバムは、聴く価値のあるクソアルバムなのであえて紹介しておいた。ビートルズ好きの僕だが、このアルバムに関しては通しで聴いたことは3回くらいしかない。他のオリジナルアルバムは数百回は軽く聞いているので、この回数は、クソ曲と感じているのがわかりやすい指標だ。
ひとこと言っておくと、このアルバムはビートルズ名義で出しているのがそもそもの間違いだ。
このアルバムをお父さんやお母さんは、中学生の息子に間違っても買わせてはいけない。「悲しみよこんにちは」状態には僕以外の誰にもなってほしくない。
逆に「ビートルズやロックバンドは不良が聴くものよ!」と思っている奥様方は逆にこのアルバムを子ども達の記念すべき一枚目のCDにするのがいいだろう。彼らはその後、ロックバンドを聞かなくなる可能性が高くなるのでそういう使い方もありだ。クソアルバムには多種多様な使い方がある。


話は変わって、現代のバンドのCDはクソ曲の割合がどんどん減ってきている様に感じる。
単純なクソ(誰が臭ってもくさいもの)ではなく、「好みの別れる曲」であったり、「ちょっと良くない曲」ぐらいなら昔と変わらず多く存在するのだが、クソ曲というのは結構少なくなったように思う。
良くない曲をクソ曲と言ってしまいたい気持ちもあるのだが、やはり音楽は、好みで左右される部分が多いのでちょっと良くない程度ではクソ曲と呼ぶのは失礼に当たると思うのだ。
個人的には、非の打ち所のないような残念な曲をクソ曲と呼びたい。
スカトロマニアなクソ曲好きな僕には少し、クソ曲が減ったきたこの時代を悲しいと思う。
ちなみに、クソ曲好きな私は、クソ曲が流れてきたら躊躇なく飛ばす。
これがクソ曲に対する正しい礼儀なのである。人が排泄しているのをじーっと見ているのが失礼に当たるのと同じなのだ。しかし、一回目だけは、きちんと聴いてあげよう。途中でどんどん良くなっていく「エセクソ曲」かもしれない。

最後になってしまったが、クソ曲という汚い言葉をたくさん書いてしまって申し訳ないと反省している。特にローリング・ストーンズが好きな人には結構失礼なことばっかり書いた。(だけど、僕も好きだ)
それにアーティストはもしかするとクソ曲が良い曲と思っているかもしれない。当然、聞いている人も。(だけど、キースに関してはクソと分かっててやっていると思う。)
しかし、それでも僕は、敢えてクソ曲と呼ばせてもらった。
何故なら、クソというのは生き物の身体にも必要不可欠であるように、音楽においても重要な役割を担っているのである。
どんなミュージシャンでもクソをどんどん排出し、体のバランスを整えて素晴らしい音楽も同時に生み出してほしいと思う。

これらの曲はクソ曲をたくさん生んだために、生まれてきた名曲なのだろうと思う。